しょっぱい涙

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    ホーリーではしゃぐ子ども達


    10年近く前に、あるインド人男性と恋をした。
    彼の家族の反対を受けて、結ばれることはなかったけれど、しばらく時間が経過した後、友達として時々連絡を取り合っている。
    数年前、デリーで再会した時は、別れ際、交換したハンカチを持ってきてくれた。私は、交換した彼のハンカチなんてどこへやったか覚えてすらいなかった。何度も洗濯したのだろうか、大分色が落ちてしまったハンカチを、何気なく使っていてくれた、彼の心遣いにホロッとした。
    もう3人の子のお父さんだ。

    その時の苦い経験があるから、もう絶対インドの人とは恋をしないと 心に決めたのに、一度ならずも、二度までも同じ過ちを犯してしまった。

    そして同じストーリーが繰り返された。

    こちとら経験済みだから、電話の様子でなんとなく想像がつく。それでも、しがみついて。
    しがみついて。 

    最後の1ヶ月は正直しんどかった。週末に実家に帰るたびに、彼の気持ちが変わり、デリーで会うと、また彼の気持ちが私の方へ帰ってくるの繰り返しだった。毎日かかってきた電話が数日に1回になり、だんだんと彼の態度がよそよそしくなったのを肌で感じるようになり、「あ 駄目だな」って感じた数日、彼は家族が薦める女性と婚約をした。

    心にぽっかり穴が空いてしまった。


    全てが終わった後に、昔の彼にちょっと電話をしてみた。
    「僕はこんなに君のことを今でも、大切に思っているんだよ。」
    「毎日、神様に君の幸せを祈っているんだよ。」

    嘘じゃないと思った。彼はそんな人だった。
    インドの生活が辛い 一人ぼっちが淋しい 何で私ばかりこんなに悲しい思いをしなくちゃいけないんだろう。

    そんな思いでいっぱいだった私に、10年前と変わらぬ優しい声。おもわず涙が流れてしまった。

    そういえば、彼はインド私は日本。私はFAXの紙になって、彼のところへ行きたい。実際はFAXの紙が、日本からインドに移動している訳じゃないけれど、そんな事を思った時代もあったなあ。

    久々の恋だったから、今度いつ恋を出来る相手と巡り合えるか分からない。

    でも、私は、たくさん友達はいないけれど、昔の彼のように、こっそりと支えてくれている人たちがいるんだ。

    「みんながみんな幸せになれると いいなあ」 って 涙涙にくれていた心が、優しい気持ちでいっぱいになった瞬間だった。

    〜〜〜〜〜
    という訳で、いろいろありまして、しばらくブログが更新できる状態ではありませんでした。元来の怠け者という習性もございまして、気がつくと2ヶ月もお休みをばしておりました。 ぼちぼちとブログを再開して参ります。



    雨が降ったら会社を休もう!!

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      季節外れの雨が、突然お昼休みに降ってきた先々週の土曜日。
      確かに空は、雨が降りそうなどんよりとした気配ではあったけれど、
      雨が降らないだろうと高をくくり傘を持たずに外出へ。

      「やっぱり 雨降らなかったじゃない」と 思いながら
      ダバ(安食堂)を出た瞬間である。

      ポツリ ポツリ

      まずい!! 職場へ足早に歩き始めた私を追いかけるように、
      雨はやってきて ついに土砂降りに

      どうしようか。。。。。。

      運良く、目の前には小さなお店がある、そこで傘を買って帰ろうと
      薄暗い店内に入ると

      頭のはげあがったおじさんが、おなかの出っ張った大きな体を何度
      ものっそりと動かして、奥の方が取り出してきた埃を被った傘は、
      全て子ども向けの傘ばかりだった。

      「シーズンオフだから。。。。雨やむまで少し雨宿りしなよ」

      気だるそうに椅子をだしてくださった。

      時計を見ると昼休み終了5分前。とても雨宿りができる状況で
      はない。
      一瞬会社に「雨が降ってきたので、戻りが遅れます」なんて
      電話を入れようかとも思ったけれど、さすがにそれは許されまい。

      結局、土砂降りの雨に濡れながら職場へ戻ることにした。
      こんな時に限って、通るオートリキシャーは全てお客さんが乗車
      済み。

      とにかく、ダッシュで走りぬけ、なるべく木の下を通るように
      心がけあと、もう少しで職場 という所で、

      すってんコロリン

      いやあ、人間の性とは悲しいものよ。
      自分の体よりも、数年前に買ったちょっと高かった鞄をかばい
      ながら見事な転倒。
      唯一つの外出ズボンの膝下に丸い穴が開いたのはショウガないと
      して、全身泥だらけに。。。。

      この姿で事務所に戻らなければならないのか。。。。。
      もちろん、すでに時計は昼休みを終わって就業時間を指している
      家に帰ってシャワーを浴びるわけにも いかない。

      いや〜 恥ずかしいやら おかしいやら

      擦り切れた手の平はジンジン言っているし、膝っ子増からは
      ちょっぴり血が出ている様子。

      インドの人は雨が降ると会社を平気で休んだり、遅刻したり
      する。
      頼んだ電気屋さんや、大工さんが来ないのを

      「何だあ!!雨ごときで 来れないのか!!」
      と 烈火のごとく怒っていたけれど、やっぱりここは日本と
      違って悠久の時間が流れるインド。

      日本だったらすぐ見つかる、コンビ二のビニール傘だって
      なかなか見つからない。道路はでこぼこだらけだし、まだまだ
      交通機関だって発達していない。

      雨は降っても小1時間もすれば止んでしまう。そして雨上がり
      は気持ちいい。

      空気中に含まれている埃さえも洗い流してくれたみたいに
      空気がとても透き通っている。
      何気に覗いた水溜まり。
      水溜りって 実はキャンパスだったのね。



      角度によって、雨上がりの空の透き通る青ささえも映しだしてくれて
      いるような気もするし、風が吹けば建物が震えだす。

      やっぱりインドでは、
      「雨の日は会社を休む」これが正しい答えのような気がする。
      (断言できない自分がちょっぴり悲しいかな 笑)

      お昼休みに一服

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        カーンマーケット(インドデリーの高級マーケット)内にある、小さな
        チャイショップ。
        多分ここが今私にとって一番落ち着く場所なのかもしれない。

        職場が5スターホテル内にあり、正直居心地が悪い。
        VIPがくれば、通行止めだの、荷物検査など、ひと目見て分かる私服警察官
        の人たちが到る所に配備され、普段使っているエレベーターは、なかなか
        来ないし、エレベータの中で王様に見初められて玉の輿。な〜んて事も
        ありそうで絶対にない。
        (ブータンの王様が泊まったときは、お付の方がブータン特有の民族
        衣装を身に着けているのに足元はなぜか革靴で、手にはノートパソコン
        おもわず笑ってしまったけれど、、、、、
        エレベータ内で交わしたちょっとした会話から、そのお付の方の
        人柄がにじみでていて、なんかブータンって本当にGDPならぬGHPの国
        だと思った。「GHP=国民総幸福指数」)

        やっぱり庶民派の私にとって、5スターホテルの存在はどこか
        威圧的で、私自身外国人だから中に入れるけれど、インド人だったら
        笑って入場拒否なんだろうなあ なんて 卑屈にもなってしまう。

        そんな窮屈さから開放されようと、昼休みに直行するのがこのチャイ
        ショップ。

        いやあ 落ち着くのなんのって。
        ねずみが走ってようが、ごきぶりがいようが、それがお皿にさえ
        いなければノープロブレム。

        マーケットにはお洒落なカフェがたくさんあるけれど、こっちのお店
        の方が私には合う。

        一杯のチャイを頼み、他のお客さんを眺める。
        みんなどこかに憂いがあって、そんな彼らの人生をそっと想像
        してみる。

        小さな背中に大きなセーター。マフラーはおくさんの手編みだろうか?
        どっかからの出稼ぎ?それとも仕入れ。
        やっぱり、出稼ぎでおくさんが編んでくれたマフラーを手放せない。
        編んだのは娘さんかな?息子のお嫁さんだったりして。
        この背中にはたして何人の子どもがおぶられて、嫁いで行ったの
        かな。
        体に比べて大きなセーターは、若い頃からずっと着ていたのかな?
        そんなに古いセーターにも見えないから息子のお下がり。
        いや。やっぱり、若い頃は体格が良くて、だんだん小さくなって
        きた。畑を耕して、何作ってるのかな?トマト やっぱり麦を鍬で
        刈っているお百姓さんだよね、きっと。トマトや胡瓜を作っていて
        ここまで売りに来た?
        あ、さつま芋屋さんだきっと。この季節さつま芋をラクノウ近辺から
        運んできて、ふかして売っているんだきっと。今日は売り上げが
        良かったから、ご褒美のチャイを楽しんでるんだ きっと。


        斜め後ろから覗く彼のその顔はどこか恍惚として美しく
        ずた袋から、垢がたまった爪の生えた薄汚れたでも良く働いた証の
        指で、1ルピー1ルピーを大切そうに取り出している姿に思わず見と
        れてしまう。

        彼にとってこのチャイは、私のチャイよりも数十倍も美味しいチャイ
        に違いない。

        素敵な昼のひと時のプレゼント
        彼の 背中に向けて ありがとうって 小さく つぶやいて
        私はその場を後にした。 

        一枚の写真

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          (物思い。。。。。)

          大分前の話になるけれど、パハルガンジ(ニューデリー駅周辺
          の安宿街)へ行った時、首から3台のカメラ(ライカのカメラ)
          をかけ、肩にかけているバックには、日本のお守りがしっかり
          とくくりつけられ、撮影に夢中になっている男性を発見。
          「こりゃあ完全な鴨じゃないかあ」と心配になり おせっかい
          にも声をかけたことがあった。

          「これが僕のスタイルだから」

          まあ、カメラを首から3台。しかも、ライカですよライカ。
          ニコンとかキャノンじゃないの、ライカなの

          「素人さんではないよな」とは思ったけれど、まさか彼は
          カンボジアなど様々な地域で、写真を取り続けている
          プロ中のプロだとはそのときは思いもよらなかった。

          そんな彼から「日本に一時帰国したので」と、インドで撮
          った写真がメールで送られてきた。

          まず、びっくりしたのが、報道畑を歩いていた彼らしから
          ぬ写真だったこと。とても鮮やかな絵画のような写真だった。
          私には、こんな素敵な写真はまだまだ撮れない。

          (ちなみに上の写真は私の写真です。いずれどこかで彼の
          写真を紹介できたらと思いますが、まだ彼に許可どころか
          打診しておりませんので。。。。。。)

          感想を彼に求められ、どのように書いていいのか迷ったので
          彼の写真を知人のカメラマンに見せることにした。

          多数ある中の一枚、テーラーが足踏みミシンを使って縫い物
          をしている写真。
          私には温かみのある写真に思えた。でも写真を見せたカメラマン
          によると

          「このプアガイ。お金がないから電動式の機械が買えなくて
          インドを象徴するいい写真だ」

          朽ちかけた壁、温かい日の光、年老いたテーラーが一心不乱に
          仕事をしている様子が表現されている。思わず時間の流れが
          ストップしたような感じで、日の暖かさが私の体にまで感じる
          素敵な写真と私は感じたのに。。。。。。。

          確かに、私たち外国人とは違うインドのカメラマンにとって
          は日常の一コマであり、何の感情も浮かばないのかもしれない。
          こんな汚いところ撮りやがって何がおもしろいのかね。ぐらい
          思っているのかもしれない。

          「写真とは、光 カメラ(の機材) そして構成」
          そう彼は言い切る。

          まあ、そりゃあ事実なんだけれど、なんでまたこう極端に
          無機質に捉えるのかしら?

          一枚一枚彼は 「あーでもな こーでもない」と、写真を切って
          いく。

          「写真はレコードだから」

          もちろん、そうだけれど、切り取られた現実よりも何かを強く
          訴えてくる写真はいくらでもあるのに。
          そもそもレコードとはいうけれど、その場面から写真として
          切り取られた段階で、そこに映っている物にはカメラマンの主観
          が入り客観的な記録としての役割は果たさないような気がする。

          うーーーむ。
          まあ、彼も報道畑の人だからなあ。

          まあ、写真に向き合う姿勢は人それぞれ。
          ただ、温かみがあると思える写真も見る人が見れば傷ついて
          しまったり、違う感情を思い起こさせ不快に思わせてしまった
          り、難しいものなのだなあ。

          と いろいろ考えさせられる出来事と相成りました。

          最近なんか私自身が人間愛とか人としての温かみとか優しい気持ち
          に飢えていて、過剰になっているだけのかな?

          最後はやっぱり人間力!!

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            Jホテル(10スターホテル)に滞在されている私の知人。
            〜詳しくは2006年12月19日の日記ご参照あれ〜

            とっても信頼の出来るタクシーの運転手だ。日本から知人が来れば
            全部彼に任せ、料金の心配など一切せずにいられるただ一人の
            ドライバー。彼の家にも遊びに行った事もある。

            今頃どうしているのだろうか?彼のご滞在も半月ほどたったのでは
            ないかしら?
            寒い時期を乗り越えようやく暖かくなってきたけれど、寒い時期
            彼はJホテルでどうやって過ごしていただろうか?

            私は何の力もない。だけれど彼のために何かしたい。
            彼が無実かどうか分からないけれど(事件は2000年に起きており
            その頃私はまだ日本にいた訳だから)彼の人柄を信じる限り、そ
            んな事件を引き起こす人ではない。

            私が出来ること。それは彼の知人にJホテルに面会へ行って
            もらえるようにお願いする事と、私より確実に社会的に力があり
            信頼できる人に相談をすること。定期的に彼の親族に電話をして
            話を聞くこと。

            彼の友人はことごとく面会を拒否。
            口では「行く行く」とは言うものの、一向に行った気配なし。
            彼らにも生活があり支えている家族があり、あまり強くお願い
            も出来ないしね。
            彼の無実を叫ぶ30年来の友人でさえも、Jホテルへ行こうとは
            しない。

            「私より確実に社会的に力があり」類友とは、よく言ったもので
            私の周りにいる人は、社会的に権限がある人などというのは非常
            に少なく、数少ない知り合いのマスコミ関係者に打診するも、
            話は聞いてくれるものの、実際に動いている様子ナシ。

            インド人の知人は、一言
            「そんな事件、関わるな。無罪で刑務所に入っている人なんて
            鬼のようにいる。そんなのいちいち干渉していたらきりがない。
            ましてインドの警察の恐ろしさは君は知らない」

            私がJホテルまで面会に行った事を告げると
            その後、私がかけた電話を取らなくなった人だって一人や二人で
            はない。

            守れている事は、彼の親族に時々電話を入れているぐらいだった。

            彼の親族から聞く話。
            まったく的がつかめない。法律の知識がないのは分かるけれど、
            それ以前の問題。現状をしっかりと認識していない様子。

            彼の親族に頼まれるまま弁護士と面会しようとも考えたけれど
            彼らの後ろに外国人がいると費用の値上げを言い出し兼ねない
            と知人に言われ断念。ならば私のインド人の知人に彼らの代わ
            りに弁護士と直接話をして欲しいとお願いしたところ
            「分かった」との返事はあるものの、実際に話をしてくれた
            事はない。

            万策つきたと思いきや、彼のファンは私一人ではなかったのです。
            なんと、私よりも数段パワーのある、これまた外国人のA氏が
            動いてくださった。
            なんと人権問題に詳しい弁護士さんを探し出し、その費用も後で
            相談しようって。(おいらは払えんぞおおお!!買ったばかりの
            洗濯機売るか?)
            私達外国人が表に出ると、話がややこしくなる。かといって、
            ドライバーの親族だけでは、その弁護士にも相手にしてもらえない
            だろうから、法律を勉強している若手をヘルパーとしてつけ、
            ドライバー一家と弁護士の仲裁だけではなく、表だったヘルプ
            を全部させようと。


            世の中は、捨てたものではない。

            これはすべてタクシードライバーくんの人柄でしょう。
            彼の人柄がA氏をも動かした。
            まだ、今後どうなるか分からないし、A氏は今年の9月にインドから
            異動になってしまう。不安材料がまだまだ一杯だけれど、それでも
            少しは良い方向に事は動き出した。

            いつかこの事件の詳細をどこかで発表したいと思う。
            もちろん彼の無罪を勝ち得た後に!!

            今後の成り行きをしっかりと見ていきたい。

            そして私は自分に誓った。
            信じる私の友人達が社会的に不利な立場になったからといって、
            その友人から離れて行かないことを。
            そのせいで、万万が一受ける不利益があるのならば、私も甘んじて
            受けようと。

            ただこれが誓えるのも、私が一人で生活しているから(守らなければ
            ならない家族がいないだけ)なのかもしれないが。。。。。。

             


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